岡山理科大学総合情報学部情報科学科

総合情報学部情報科学科 岡山理科大学

バグ(bug)は怖い、
されどSEは楽しい

バグ(bug)は怖い、されどSEは楽しいバグ(bug)とは、コンピュータの設計誤りのことを言います。bugは英語で「虫」という意味ですが、何故、コンピュータの設計誤りを意味することになったのでしょうか? コンピュータ開発の初期の頃、コンピュータの動作不良を調べると一匹の「蛾」が回路に絡んで接続不良をおこしており、それが動作不良の原因と分かりました。このことが語源と言われています。特にソフトウェアにはバグがつきものです。よほど小さなソフトウェアでないかぎりバグの無い完璧なソフトウェアを設計製作することは極めて困難です。したがって、バグによる動作不良を想定し、事前に対応策を考えておくことが重要です。
バグによる影響は、銀行システムでは巨額の損失につながり、家庭電化製品では家屋火災につながることがあります。「バグは怖い」ですね。バグの無い設計は不可能に近いとはいえ、コンピュータシステムを設計するSystem Engineer(SE)は可能なかぎり信頼性の高い設計をするべく頑張っています。なかにはプログラムに自分の大事な人の名前や祈りを書き込んでバグの無いことを祈願するSEもいます。
信頼性の高いコンピュータシステムを設計するには、機能に抜けや間違いを無くすこと がまず要求されます。そのためには、どのような環境(自然環境と文化)で使用されるのか、何をすることが目的なのか、を明確に理解しなければなりません。その上で、コンピュータシステムの詳細な機能設計をします。外国で使用されるシステムを設計する場合は、その国の文化を理解することも重要です。そのためには、現地を見、現地のSEと議論します。日本に居て机上で考えるだけでは良いシステムの設計はできません。例えば、ドイツ向けのシステムを設計するのであればドイツに出張し、ドイツ人のSEと議論します。 休日はドイツの街を歩き回り、タウンウォッチングをします。タウンウォッチングは単に観光しているのではありません。街の様子、人々の様子、レストランやデパートの様子等をチェックするのです。これもSEの仕事のうちです。とは言え、日本とは雰囲気の違う外国の街を歩き回るのは楽しいですね。知り合ったドイツ人SEと友達になり飲んだり食べたり、楽しいひと時です。SEの役得ですね。外国向けシステムの設計を担当すれば、世界中にSEの友達ができます。ドイツへ、米国へ、イタリアへ・・・「SEは楽しい」です。

対数表の研究から生まれた
「製造の経済学」

対数表の研究から生まれた「製造の経済学」 40年以上前、実験結果を整理する際には、写真上に示す計算尺とそろばんが必要でした。 パソコンはもちろんない。電卓はまだ発売されていない頃です。求める有効桁数が3桁以内であれば、この2つの道具で計算できました。しかし、それ以上に桁数が必要な際には、写真下に示すような対数表を使っていました。対数表といえば、イギリスの解析数学のレベルを引き上げるために1820年にハーシェルと解析学協会を設立した、数学者のC.Babbage(1791~1871年)を思い出します。 彼は王立天文学会の創立者の一人でもあり、1827年に「1から108000までの対数表」 を出版しました。その功績などもあって、1827~1839年まで、ケンブリッジ大学のルーカス寄贈教授の職に就きました。1820年頃は、計算処理はほとんどすべて筆算に頼っていて、正確な航海歴および天体歴が要望されていました。王立天文学会から当時の科学技術計算の基になっていた数表の整備をハーシェルと共に行なうように依頼されました。その作業から、1822年にBabbageは蒸気機関を利用して、対数表などの正しい数表を作成するために、差分法で多項式関数を加算だけで計算する階差機関の構想を得ました。Babbageはイギリス政府に数表の整備のために階差機関の開発助成金を申請して助成金を得て、1833年に階差機関のプロトタイプが完成しました。しかし、政府から資金援助が中止され、当時精密な計算機械を製作できるほどの水準に達していなかったために、階差機関は完成しなかったと言われています。 階差機関の製作に行きづまっていた1833年頃に今日のコンピュータが備えている基本的な機能をすべて含んだ解析機関の構想を得ました。当時の工業技術の未発達のために、Babbageが生きている間には解析機関も完成しませんでした。ところで、1820年代にBabbageは階差機関の製作に使えそうな機械装置や技術を求めて、ヨーロッパ中の工場を巡り歩きました。役に立つものはあまり見つかりませんでしたが、 彼は当時の製造技術分野でもっとも博学な経済学者になり、1832年に「製造の経済学」と題する本を出版しました。この本は、経済学の歴史において、1776年にAdam Smithが著した「国富論」と、1880年代に米国のF. W. Taylorが著した「製造の科学的管理法」とを結びつける重要な本と言われています。

πのはなし

πのはなしπの値の有効桁をあげて計算する競争?が行われていますが、2002年に日本人により、1兆0307億桁(16進)1兆 2411 億桁(10進)が計算されたことが報告されています。この偉業を達成したのは東京大学の金田研究室の人たちです。 日本文の宣言はインターネット上で資料を確認することができます。
URLはhttp://www.super-computing.org/pi_current-j.htmlです。
さて、πは古代から多くに人達を魅了してきた数の一つで、このことに関する解説書は多種あります。最近ではカールセーガン(アメリカの天文学者、元コーネル大学教授) の書いたSF小説「コンタクト」(1997年に映画化)でメッセージのこめられた数として扱われています。神秘な数π!の正確な値を計算するための努力は、古代エジプトより今日まで続いています。20世紀に入り電子計算機(コンピュータ)が開発され、21世紀には高速で計算することのできるいわゆるスーパーコンピュータが進化を遂げ、日本で偉大な上記の記録が打ち立てられたのです。計算の方法はいろいろあるのですが、古典的な方法の一つは円を扇形に分割し1つの扇形の面積を三角形の面積で置き換えて(近似し)計算する方法です。
分割数を増やすと扇形はスリムになり内接三角形と一致する部分が多くなるので、できるだけ多く分割して計算しようとする方法です。でもこのような方法ではとてもとても1兆桁まではいきません。現代の数学は17世紀のニュートンたちにより創造された「微分積分学」(Calculus)が一つの源流です。πを計算する現代的な方法はこの微分積分学から得られます。ニュートンが考えた公式の一つが

πのはなし

です。これは式であるから右辺を逐次計算し足すことでπの近似値が計算できます。 精度を上げるためには計算する項数を増やしていけばよいのです。20世紀なって発見された計算方法に相加平均と相乗平均を用いるブラント・サラミンの公式(1976)―AGM法

πのはなし

があります。この方法は結構早く有効桁数を上げることのできる計算法です。さて、1兆桁を超えるπの計算に成功した金田先生の成果にはもう一人高橋さんが見つけた公式が重要な役割を果たしています。そして、日立で開発されたコンピュータが活躍しています。計算には有効桁数が1兆を超えることができる工夫が多くなされていると思われます。このように計算されたπの数値の列に果たして宇宙人のもしくは宇宙のメッセージは隠されているのでしょうか?
みなさもπの計算にトライしてはいかがでしょうか?

インフルエンザウイルス
迅速診断の感度と的中率

インフルエンザウイルス迅速診断の感度と的中率例年、主に冬の時期に猛威を振るうインフルエンザ。実は症状だけでは、インフルエンザウイルスの型・タイプは解りません。A型、B型、C型があり、強毒性で警戒されているトリインフルエンザウイルスはA型H5N1タイプ、ブタインフルエンザウイルスはA型H1N1タイプです。ウイルスの確定診断は専門の機関で行われ、結果が得られるまで、1日-10日間かかります。一方、簡易迅速診断キットでは、結果が15-30分で得られ、 診断に利用されています。ただ、このキットではA型、B型の検出は出来ますが、詳しいタイプまでは判定できません。さて、このキットですが、検査の精度を表すのに、感度と特異度という指標を用います。これらは、以下の様な試験データから求めています。確定診断での陽性判定40例中、キットが正しく陽性判定出来たのは36例、この正答率36/40=90%が感度となります。また、確定診断での陰性判定230例中、キットが正しく陰性判定出来たのは206例、この正答率206/230=90%が特異度となります。陽性のものを正しく陽性と判定する感度、陰性のものを正しく陰性と判定する特異度がキットでは、共に90%近くと高い精度を持っています。
医師の診察を受け、迅速診断キットで陽性となり、インフルエンザですねと診断されたら、やはりインフルエンザかと思うでしょう。さて、これで良いのでしょうか。もう少し考えてみましょう。お医者さんがキットで陽性と判定するのは、右の表では60例。このうち、正しく陽性なのは36例で、キットの陽性判定の的中率は36/60=60%です。あれ?あまり正確でないなと思うでしょう。表を縦に読むか、横に読むかで、ずいぶん違ってきます。この理由を考えてみましょう。お医者さんの診断を受けに来る患者さんの中で、確定診断では、陰性となる割合が大きいと、ほんとは陰性ですが、キットでは陽性と出る数が多くなることが理由です。データを縦に見るのと、横に見るかで大きな違いがあるお話でした。

ディスクとメディアの話

ディスクとメディアの話古代テッサリアの王子ジェイソンと英雄ヘラクレス達の人類初の大型帆船アルゴ号による、大冒険をテーマにした映画があります。目的はスーパーアイテム「黄金の羊の毛皮」の入手です。神話でお馴染みのクリーチャ達が、画期的特撮技術「ストップ・モーション」により生き生きと描かれています。登場人物の一人メディア姫「Medea」は、神のアイテムと王子との橋渡しをしていることから、これぞ媒体メディア「media」ではないかと思えてきます。現代では、情報交換の仲立ちをするものを総称してメディアと呼んでいます。メディアには有形・無形のものがあり、様々なものが使われて来ました。無形のものには放送やネットワーク、有形のものとして磁気ディスク、音楽用LPレコード、CDなどを、さらには携帯電話のように高度に統合されたものが挙げられます。ここでは、円盤状の媒体を幾つか取り上げ、簡単な紹介をしてみます。最初の写真は、光ディスクと呼ばれているものです。
左から、ブルーレイ・ディスク、12インチ径レーザー・ディスク、そして、DVDの順で並んでいます。レーザー・ディスクだけがアナログ方式、残りのふたつはデジタル方式ですが、全て映画などを記録するための媒体です。次の写真は、左から12インチ磁気ディスク・パック(容量28MB)、8インチと3.5インチのフロッピィ・ディスク(容量1.2MB)そして12インチLPレコードです。この磁気ディスク・パックは、交換出来るようにして大容量 記憶装置を実現した、1980年代当時としては最新鋭の磁気ディスク・メディアでした。磁気ディスク・パックやフロッピィ・ディスクにはコンピュータで扱う情報がデジタルで、LPレコードには音楽情報がアナログで記録されています。ちなみにこのアナログ・ディスクは、音量を上げると録音時間が半分以下に短くなるという、データ圧縮機能付きデジタル・メディアの様な特性を有しています。ところで、写真のレコードA面1曲目は1969年のアポロ宇宙船月面着陸直前に流された曲「フライ・ミー・ツー・ザ・ムーン」で、NASAのアポロ40周年を祝うホームページでもその解説などを見ることが出来ます。

コンピュータウイルスの話1

コンピュータウイルスの話1インターネットの普及が進み、2014年に総務省が発表したデータでは、インターネット普及率が8割を超えたことが報じられました。そして、年々、インターネットに関連する犯罪や被害が増加しています。その中で、コンピュータウイルスについてお話をします。最近のコンピュータウイルスのタイプは、スパイウエアやフィッシング詐欺に関連したものがほとんどです。すなわち、ウイルスによって、個人情報を不正に取得することで、お金を奪い取ろうとするものが主となります。
コンピュータウイルスの始まりは、1984年頃であり、コンピュータ上で変な動作をさせたり、システムを破壊させたりと愉快犯的な内容のものでした。当時のOSはDOSと呼ばれるものが主で、操作はCUIがメインでした。システム日付が1988年の10月から12月に画面上の文字を雨のように下に落とすという「カスケード」(左の図を参照)というものや、クイズが表示され、そのクイズに1問でも間違うとハードディスクが壊されるという「ピーター2」(右の図を参照)というウイルスがありました。1995年以降、Windows95がOSのシェアの多くを占め、ワープロや表計算の統合ソフトであるMSOffice製品が使われるようになり、その上で動作するマクロウイルスが流行しました。さらにその後、インターネットの普及が進み、インターネットで増加するウイルスが出回るようになりました。そして、スパムメールなどが増加し、さらに、システムのセキュリティ・ホールを悪用し、メールやファイル共有以外の経路で侵入し、ユーザの操作とは関係なしに感染活動を行うワームと呼ばれるものが出回りました。 2003年頃以降、現在のようなスパイウエア、フィッシング詐欺、そして、その亜種と呼ばれるものが増えてきました。

MARS(マルス)

MARS(マルス)MARS(マルス)はJRの指定席券のシステムの名称です。駅の窓口で新幹線の切符を買う時に、駅にある端末から指定席の販売具合をすべて記憶しているホストコンピュータにネットを通じて接続して、切符を販売するシステムです。様々なソフトウェアの組み合わせで、このような大きなシステムが完成されて、例えば、1ヶ月前に岡山駅で北海道の特急の指定席を購入することもできるようになっています。今では、インターネットや携帯電話を通じて予約することもできます。しかし、初期のころは、データベースの大きさが足りなかったようで、指定席は7日前から発売がほとんどで、1ヶ月前から発売されている座席は一部だけでした。いろいろなイベント券なども発売できるようになるなど機能は年を経るごとに充実していったのです。もちろん、このシステムにも始まりがあります。
写真は鉄道博物館(埼玉県さいたま市)にある、MARS1です。これが、オンラインで鉄道 座席予約ができるようになった世界で最初のコンピュータです。いまでは、ソフウェアで実行していることを全てハードウエアで実現していて、かなり大きなものになっています。これでも、ほんの数列車の指定席情報のデータしか持つことしかできませんでした。また、直接切符には印字できず、プリンタから出てきた情報を、切符に手書きで書き写していました。それでも、手書きの台帳を用いた管理に比べれば早く正確で、このMARS 1の機能を発展させて、今のMARSの原型が作られてきたのです。最初はハードウエアだけで実現された物がソフトウェアで実現されるようになって、現在のシステムにつながっているのです。鉄道博物館では、ほとんどの人が見向きもしませんが、このMARS1は日本でも有名なコンピュータの一つなのです。 。

iPodとWWWの意外な関係

iPodとWWWの意外な関係"iPodは、ネットワーク音楽販売iTunesと相まって、全く新しい音楽流通システムとなっていることは皆さんもご存知のことでしょう。 iPodとiTunesはアップル社のスティーブ・ジョブズという人がアイディアを考えました。ジョブズは革新的な技術とアイディアを現実のものにする才能にあふれています。ジョブズは1976年20歳そこそこで友人と2人でアップル社を立ち上げたアップルの創業者なのです。ところが約10年後、主力マシンとなるMacintoshを発売した翌年の1985年会社から追放させられました。ジョブズは、ネクストコンピュータという会社を作ります。 1988年、ネクストが開発したネクストキューブというコンピュータは、革新的に開発効率の良いオブジェクト指向とインターフェースビルダーというソフトウェアを備えていました。話は代わり、ヨーロッパ原子核研究機構(CERN)では、1989年ティム・バーナーズ・リーが研究所内の多くの研究成果を共有閲覧できる仕組みを考えていました。 彼は1990年11月にWorld Wide Webという名前でネットワーク上に文書がリンクできるハイパーテキストの仕組みを研究所内に発表し、年末までにサーバとブラウザを完成させてしまいます。ここで使われたのが、ネクストキューブでした。開発効率の優れたネクストで開発したので、こんなに短期間で完成したのです。その後このシステムは研究所以外にも公開され、1992年にはNCSA Mosaicが発表されると、WWWは研究者から一般の人たちにも広まっていきました。1996年アップルがネクストを買収し、ジョブズはアップルのアドバイザーになります。経営権などが無い社員だったのですが、そのカリスマ性から次第に社内での製品開発の中心になり、業績不振だったアップルを再生させました。そして2001年WWWを利用した音楽販売のiTunesを開始します。ジョブズが作ったネクストでティム・バーナーズ・リーがWWWを開発し、世界に広まったWWWを利用してジョブズが音楽販売のiTunesを展開するという関係になっています。ジョブズが1985年にアップルから追放されなかったら、WWWは今のような形になっていないかもしれません。そうなれば、アップルも音楽をネットで販売するアイディアを 出さなかったかも知れません。ネットワークといえばWWWといわれるほど非常に良く使われる技術に絡んで、このような関係があることを面白いとは思いませんか?